アベノマジック(1)

友人Nからメールをもらった。日銀の政策と三菱UFJ銀行の仮想通貨導入にかんする問題点と疑問であった。それまでは日銀の金融政策は何をやっても景気に影響を与えることはできないと考えていたため、あまり深く考えていなかった。なぜそう考えていたかというと、多くの人はこれ以上消費を増やさなくても十分生活でき、安定しているからだ。このことをもう少し考えてみる。景気の一つの指標としてGDP(分配面)をみると、GDPの60~70%が消費で大きな位置を占める。だから景気を良くするということは、この消費を増やすような政策が必要になる。ところで、消費は2つからなるといわれる。一つは生活するうえで最低限必要な消費であって、個々人の抑制が困難な消費で基礎的消費とよばれ、もう一つは被服関係や旅行などの趣味・嗜好性が高い消費であって、個々人が少し抑えようとすれば抑えられる消費で選択的消費とよばれるものである。このため、政策はこの選択的消費を増やすようなものでなければ、GDPも景気も上向かない。GDPの分配面をわかりやすくいえば、(消費+貯蓄+税金)となる。一般市民からみると、(所得ー税金)が可処分所得だから、可処分所得のうち、消費を抑えれば、貯蓄が増える。ところで、選択的消費は先進国において消費の40%を超えるものとなっている。このため、金利を下げて、お金をじゃぶじゃぶにしても景気が良くならないのは、少しでも不安があればその選択的消費を抑えて貯蓄に回しても生活には特段問題はないためだ。だから安倍政権が誕生したとき、アベノミクスで金利を低く抑え「お金」を借りやすくし、一方で、物価を上げインフレに誘導し、企業利益や賃金の引き上げによって所得を増やしGDPを増やすといったマジックを行なおうとした政策は、多少所得が増えても物価も上がり、大した変化などないから、選択的消費を増やす行動に移りえない。図―1の消費に占める選択的消費をみると、2011年の震災やオリンピック需要によって、じゃぶじゃぶにした「お金」を復興や施設建設などに使うことができるようになったため、若干景気が上向いたように感じ、2011年~2014年は選択的消費は緩やかに増えたように見える。しかし、2014年以降は消費税増税やアベノマジックの効果で企業が商品価格を上げたため物価が上昇し、これに対応した消費者が選択的消費を抑えたことにより、比較的急に減少に転じている。(最近では、イオンなど大きなスーパーはアベノマジックをイリュージョンだったとして、商品価格を下げる行動に移ってきた。結局デフレ状態は脱却できていない。)

図―1 消費に占める選択的消費比率(赤い線は12カ月移動平均、家計調査より作成)

これをみても、日銀の異次元的金融緩和がほとんど景気(消費)を刺激していないことがわかる。この点では私が思った通りの結果である。
Nにいわれて改めて日銀のアベノマジックへの対応を見ると、非常に恐ろしい状態になっていることがわかった。

今日はアベノマジックに加担して「コレド室町2」で厚岸産のカキフライ定食と生ガキを食べに行って疲れた。次回恐ろしいアベノマジックについて書くつもりだ。

 

 

価値とはなにか

先日大学時代の友人と飲み会を開いた。旧友は気遣いもそれほど必要もなく、思ったことも忌憚なく話せる。そんな中、私が現在興味の持っているのは「脳とこころ」と「価値観」の関係だ、と話したら、Hに「『かわいい姉ちゃんと遊びたい』、と思うのはなぜ」と問われた。この表現には、「めんどくさいことを言っても何の意味もない」、「結局説明なんかできないだろう」という揶揄が含まれている。しかし、この問いに答えれなければ彼の言うとおりだから、少し考えてみた。
「かわいい」には「みにくい」から「きれいだ」までの美の比較と「おさない」から「おとな」までの認知度の比較が混在している。「かわいい」は美としては中間以上で、認知度では中間以下を指している。このように比較する行為は価値観であり、値踏みをしていることになる。この価値は価値論から考えれば「交換価値」に該当し、一般的には「価値」と呼ばれるものに相当する。 また、「姉ちゃんと遊びたい」という言葉の中には「姉ちゃん」に性的な対象として認知してもらい、性的関係に入りたいという生命の根源からの欲求が含まれている。
この欲求は「種の保存の本能」からくるものだ。生命は誕生時に自然と自身を区別する膜をつくり、その中に自然環境のシステムから切り離された独自のシステム(それ自体も自然のシステムだが)をつくりだした。そして、この「種の保存の本能」はもとをただせば、自然環境の激変の中でも、自己のシステムの永続のため、生命を細かく区切り(個体の死)、遺伝子をつうじて、子孫を残したり(個体の継承)、遺伝子を改変して進化(個体の多様化)する方法を選んだ生命の生き残り戦略でもある。
子孫を残す、子供をつくる行為(生命の生き残り戦略)を価値論から考えれば、「使用価値」にあたり、価値の根源を形成している。 そして、この2つの価値、値踏み(「交換価値」)と欲求(「使用価値」)の交点で「かわいい姉ちゃんと遊びたい」という観念が生まれてくる。
人体の構造から考えれば、性的行為を支える性器は消化器官から分離した「内臓系」の臓器で、性的欲求の源である。また、「かわいい」などの眼や耳など感覚器官から入った情報(認知)は神経系を通じて脳で統合化される。この統合するシステムは「体壁系(感覚ー脳)」を構成して認知や判断を司っている。 このように考えると「内臓系」は「使用価値」に対応し、「体壁系」は「交換価値」に対応しており、その交点に我々のすべての価値が存在する。