• さようなら! 太陽も海も信ずるに足りない

ある詩人の面影

 

図書館で「街ぐらし御茶ノ水神田神保町」という本を手にとってみていたら、私が学生時代友人の影響で現代詩を読み出した頃に衝撃を受けた詩 人、田村隆一のことがちょっと記されていた。懐かしくておもって読むと、田村が常宿として利用していた「山の上ホテル」での逸話で、ここでも破天荒な無頼漢ぶりを遺憾無く発揮していたことがよくわかる。田村隆一の酒好きは有名だが、ホテルの副支配人の談として次のようなことがあったという。

 酔っ払った田村が、フロントの中に入り込んで酒を飲み始めたり、ロビーのソファーで「枕を持ってきてここで寝よう」とくだをまくさまを竹若弘眞副支配人は折に触れ思い出す。「本当に面白い人でした」
 ある時など、結婚式に出席するために出かけるという田村にワイシャツを貸したこともあった。例によって飲んでいたため、着ていたワイシャツがしわだらけになっていたからだ。ところがクリーニングしたワイシャツを手に部屋で着替えに戻った田村は、いつまでたても出てこない。心配して様子をうかがうと、着替えの途中で倒れ込んで寝ていたという。着替えたワイシャツも当然しわになり、また新しいワイシャツを貸す羽目になったのである。

「街ぐらし御茶ノ水神田神保町」より

 私が以前読んだ田村の随筆にも、酔っ払ってタクシーに乗り突然藤を見たくなり、「牛島に藤を見にいこう」といったきり寝込んで、牛島までタクシーで行った 話などを覚えている。だが、不思議なことはどこでも、どんなに酔っていても田村は覚えているということだ。言いかえれば、どんなに酔っはらっていても、ど こか覚醒しているということだ。これが詩人の詩人たる由縁かもしれない。

 言葉の垂直性にこだわった詩人が亡くなって既に6年(平成10年没)になる。酒が弱かった父より3つばかり若い詩人は、不思議にも父の姿とどこか重なる。

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